走りながら考える〜ぐちやまはどこへ向かう〜

サブスリーランナーのぐちやまです。マラソンは瞑想です。人生は迷走しているかも?不惑四十を過ぎても惑い続ける男がここにいます。マラソントレーニングや億り人を目指す投資、結願まで頑張りたいお遍路、激務で休職してからの人生大転換…いろいろあるんだ、ちょっと僕の話を聞いてくれよ

休職しているKへ贈る言葉

ぐちやまは絶対にうつにならないと思っていた。

しかし、結局、抑うつ状態、という診断書をもらった。

 

ぐちやまは、ある友人が、同じ状況であったことを思い出した。

名前をKとしておこう。

 

以前、私は彼がなぜそこまで追い込まれたのか理解できなかった。でもいまは、わかる。そのような気持ちがわかる人間になれたことは、私はとても良かったと思っている。

 

Kは学生時代から、常にグループの中心であった。

Kがいるといないとでは大違い。そもそも、Kが声をかけるから皆が集まってくる。K以外には、企画やネタをブッコンでくるやつも少なかった。もしも皆で盛り上がりたいなら、Kを誘ってその気にさせればいいのだ。

Kはとってもノリがいい。

「お、それいいねぇ~ あいつも呼ぼう、あのクラスからも!」と彼があれよあれよと仲間を見つけてきて、飲み会も、カラオケも、草野球も、キャンプも、それは大盛況のうちに終わるのだ。

 

誰が見ても天真爛漫、悩みゼロ、留年しても気にしない、ぐちやまが2年中国に行っていたときも、かれは3留して待っていてくれた!(笑 同級生がみな卒業したと思っていたぐちやまは、彼とまた一緒に就活し、ぐちを言い合い、励ましあった。彼はいつも周囲を明るく照らしてくれた。

 

そんな彼も、転職をきっかけに、自信を無くし、会社を休むようになった。

多くを語らないが、債権回収の仕事だったようだ。しかも、定職に就かず生活保護をもらうとすぐにパチンコに行ってしまう人や、低賃金で働いてその日暮らしをする外国人労働者から、使用している携帯電話料金の支払いを督促する仕事だった。数億円にも上る債権の回収を、なぜか、彼が一人で担当していた。

 

言葉もよく通じない相手もいるから、1本の電話で2時間説明、説得、なんてことはザラだったそうだ。日本人相手の督促とは手間もかかり気持ちもすり減る。

「お金ないよ、ご飯食べるお金もないよ」という相手に対し、バイトでの収入、本国への仕送り金額、家賃、食費と紐解いていき、

「毎月5000円は払えるよね、払ってね」と諭すのだ。

そもそも携帯電話料金を滞納していれば、在留ビザが継続できない。

彼は、相手の親身になって、「日本が好きなんだよね?いたいんだよね?子供さんは日本の学校に慣れてしまっているし、帰国しても言葉すらろくに出来なかったらかわいそうですよね。あなたも帰国しても仕事はすぐには見つからないですよね。日本にいたいと思うのなら、公共料金はちゃんと払ってください。あなたのためを思って。。。」と優しく語る。

 

早朝から深夜まで、電話をし、記録を付け、(詳細は分からないが)外国人ユーザーの場合は、システム上での手作業も多くなったそうだ。

人を増やしてくれと言っても、上司は取り合ってくれなかった。回収率は悪くてもいい、なんとかやってくれ、と言われ、彼は頑張り続けた。早朝から深夜0時を過ぎるまで。月間残業時間は100時間を超えた。勤怠システムにつけられない時間帯もあるので、それを含めればもっと長時間だ。

 

ある日、顧客サービス担当役員から彼は呼び出された。

彼の隣には、課長、部長も並んでいる。

役員はなぜか、彼の回収率の低さを説明する資料を持っていた。パワポ10枚。そこには、日本の各地域の債権回収率に並び、Kの担当する部門の回収率の推移がグラフ化されていた。彼のグラフの線だけ、回収率が低い。

当然である、相手が違うのだから。

しかし、部長と課長は、「私の指導の責任です」と言った。反論をしなかった。明らかにKを個人攻撃している内容だったのに。「これはKの担当する顧客層が特殊で...」と彼を守る発言はできたはずだ。しかし、上司の二人はそれを拒んだ。

Kは、会社で初めて泣いた。

男が泣くなんてありえない、彼もそう思っていた。天真爛漫で学生時代にみんなを引っ張り、我々の学生時代を何倍にも明るく充実したものにしてくれたKの個性は、その場では、まったく誰の目にも留まらず、ただ、責任を全うできない無能な社員の烙印を押されてしまった。最後通牒だった。彼は、会社に行くことを、やめた。

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彼はその時期に、母親が病気で後がないことにも、動揺をしていた。

しかし、それは周囲には伝えていなかった。親の病気が、少なからず彼の動揺の色を濃くしたことは否めない。しかし、彼がうつになった理由の本当のところは、それではない。

 

休職し、彼は家で過ごすうちに、少しずつ復職に向けて気持ちを整理していった。

 

しかし、休職に向けた産業医と上司との面談時、上司は信じられないことを言った。

彼はKの話を親身になって聴く態度を取り、うなずき、表情にも哀しさをたたえて、言った。

「親御さんの大変な時に、気づいてあげられなくて、申し訳ない」

 

Kは驚いて目を見開いた。

問題の本質はそれではない。Kを守ってくれず、最後通牒を突き付けられた現場でさえ、反論をせず、役員の的外れな批判を受け入れたのだ。Kを見殺しにしたのだ。そして、今は、人事の前で、さも部下を思う上司を演じ、親御さんの不幸への同情している。卑怯な男である。

 

サラリーマンは忖度の塊だ。忖度してなんぼだ。忖度してサバイバルする。忖度上手が生き残り、出世する。

 

なんと悲しいシステムだろう。

もしこんなシステムがはびこる職場なら、こちらから御免だ。

Kはいまも休んでいる。早期の回復を願ってやまない。しかし私は、まだまだ休んでいい、慌てるな、生き方は一つではない、人は何もなくても生きていける、と伝えてもいる。彼には好きなことをして生きてほしい。無理に、環境に合わせなくてよい。困難な仕事は投げ出していいんだ。自分がいなくても、どうにかなるんだ、会社ってのは。背負う必要はない。そうすれば、また皆が大好きなKに戻れるはずだ。実際、僕たちと話すときは、今でもいつものKなんだから。そのままで、いいんだよ。

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